どこに住んでいても最低賃金1500円以上が必要な5つの理由

【どこでも最賃1500円が必要な理由その1】
「ふつうの暮らし」を実現する費用に地域ごとの差はそれほどない

筆者は、マーケット・バスケット方式(全物量積み上げ方式)[注1]による最低生計費の試算調査を全国各地の労働組合の協力を得て全国各地で行っている。調査の目的は、健康で文化的な最低限度の生活(「ふつうの暮らし」、「あたりまえの生活」)を実現するために必要な費用を明らかにすることである。

[注1]マーケット・バスケット方式:生活に必要な物資の品目を個別的に積み上げて生計費を算出する方法で、健康で文化的な生活を営むために必要な生活用品やサービスの量を、たとえば穀類〇kg、肉類〇g、シャツ〇着、理容〇回等のように個々に積み上げていく。最低生計費の内容が具体的で分かりやすいことが、この方法の最大の長所である。

 ▼表1は、最近の2015~2016年にかけて実施された調査を中心に、これまでの試算結果(25歳単身世帯)をまとめたものである。なお、表中の盛岡市・さいたま市・静岡市の結果については、2017年9月20日放送のNHK「あさイチ」の特集でも紹介された数字である。

これまでの最低生計費調査によると、「ふつうの暮らし」、「あたりまえの生活」に必要な費用は、税・保険料込みで約22万~24万円(月額)で、全国どこでも大きな差がなかった。この金額を月の労働時間で除すれば、「ふつうの暮らし」を送るために必要な時給がいくらになるか明らかになる。表1の下から2段目の173.8時間換算[注2]および3段目の150時間[注3]換算の数字が、その金額である。つまり、最低賃金がこの金額に達していれば、誰もが「ふつうの暮らし」が可能になるための条件のひとつが整ったということになる。調査からは、少なくとも最低1300円(月173.8時間換算)ほど、できれば1500円以上(月150時間換算)あってしかるべきという結果が出た。しかし、表の最下段の数字が示すように、現在の最低賃金はその水準にとうてい達していない。すべての人が「ふつうの暮らし」をするためには、最低賃金は全国一律で1500円以上にしなければならないのである。

[注2]173.8時間:法定上での最も長い所定労働時間(月)
[注3]150時間:1980年代後半に、豊かでゆとりのある生活を実現するために、政府によって労働時間を短縮する目標として掲げられた労働時間が年間1800時間である。これを月あたりに換算すると150時間となる

「大都市の生活費は高く、地方は安い」という“常識”を否定する調査結果

調査では、ひとり暮らしをしている若者がどんな生活パターンを送っているのかを調べる「生活実態調査」と、ふだん使いをしている家電・衣服・日用品などの所有率を調べる「持ち物財調査」を実施し、それらのデータの分析を行った。ちなみに、2015~16年の調査(北海道、東北地方、新潟、埼玉、静岡、愛知)では、ひとり暮らしをしている若者のデータを約1000ケース集めて最低生計費の試算に用いている。

後述の4都市の比較をみれば分かるように、地域ごとにバリエーションがあり、その内容は少しずつ違っているものの、生計費じたいは、月額約22万~24万円(税・社会保険料込み)で、大きな差が見られなかったのだ。この事実は、これまでの「大都市の生活費は高いけれども、地方の生活費は安くて済む」という“常識”を否定する。

このことは、住居費と交通費との関係によって説明することができる。さいたま市など大都市は、家賃の相場が地方都市に比べると高くなる。しかし、電車やバスなどの公共交通機関が発達しているがために移動におカネがかからないのだ。反対に、地方都市では家賃は安く済むけれども、通勤や買い物など自動車がないと生活が成り立たず、ガソリン代や駐車場代を含めて車の維持費がかかってくる。つまり、住居費と交通費とが相殺関係にあるのだ。

食料、衣服、日用品については、流通が発達した現代にあっては、どこでも同じような価格で売っているのは、全国展開している量販店のチラシを見れば一目瞭然である。コンビニやスーパーで売っているペットボトル飲料の価格は、離島や観光地でもない限り、北から南まで同じであることは、ご存じであろう。

【どこでも最賃1500円が必要な理由その2】
「ふつうの暮らし」「あたりまえの生活」を実現するため

「ふつうの暮らし」「あたりまえの生活」って、なんだ?

現在の最低賃金ではあまりに低すぎて、それだけで「ふつうの暮らし」を実現することが難しいということは述べた。それでは「ふつうの暮らし」とは、どんな暮らしなのだろうか。調査を実施して改めて実感したことであるが、人それぞれが思い描く「ふつうの暮らし」があるのだ。最低生計費の試算にあたっては、地域ごとに労働者・市民の方々に集まっていただき、「ふつうの暮らし」とは何かについて議論し、合意形成をはかってきた。

一人暮らしの若者が、「ふつうの暮らし」をするために必要な費用=月額約22万~24万円。この月額約22万~24万円で実現する「ふつうの暮らし」とは、どんな内容を想定しているのか。もともとマーケット・バスケット方式による算定は、食費や住居費など費目ごとに整理されており、何にどれだけの費用がかかっているのかが分かりやすいのだが、労働者・市民の方々のコンセンサスから想定された「ふつうの若者の暮らし」とは、どんな内容だったのかを詳しく紹介してみたい。

札幌市(Cランク)在住のケース
・白石区の25平方メートル1DKのアパートに住み、家賃は32,000円(共益費+2,000円)。通勤には地下鉄を利用している。
・家電は量販店にて最低価格帯のもので揃えた。冷涼な気候のためエアコンが所有していない。しかし、冬場は暖房費がかかるために水道光熱費は10,000円。
・1か月の食費は、男性=約40,000円、女性=約32,000円。朝食は家でしっかりと食べ、昼食は、男性はコンビニなどでお弁当を買い(1食あたり500円)、女性は月の半分は弁当を持参。そのほか、男性は月に2回(1回当たり3,000円)、女性は月に3回(同2,500円)、同僚や友人と飲み会・ランチに行っている。
・ビジネスで着用する衣服については、男性は背広2着(約16,000円)を、女性はジャケット2着(約4,000円)とスカート3着(約2,000円)を着回している。
・休日は家で休養していることが多い。帰省なども含めて1泊以上の旅行は年に3~4回で、1回当たりの費用は3~4万円ほど。月に4回は、恋人や友人と遊んだり、映画・ショッピングに行ったりして、オフを楽しんでいる(1回2,000円)。

盛岡市(Dランク)在住のケース
・郊外の25平方メートルの1DKのアパートに住み(この時点で自動車が必需品となる)、家賃は35,000円(共益費+2,000円)。通勤には自家用車を利用している(自動車にかかる費用は、購入費、ガソリン代、駐車場代等で32,000円)。
・家電は量販店にて最低価格帯で揃えている。寒冷地のため水道光熱費は9,000円かかる。
・1か月の食費は、約40,000円。朝食は家でしっかりと食べ、昼食は、コンビニなどでお弁当を買い(1食あたり500円)、月に2回(1回当たり3,000円)、同僚や友人と飲み会・ランチに行っている。
・ビジネスで着用する衣服については、背広2着(約10,000円)を着回している。
・休日は家で休養していることが多い。帰省なども含めて1泊以上の旅行は年に2回で、1回当たりの費用は3万円。月に2回は、恋人や友人と遊んだり、映画・ショッピングに行ったりして、オフを楽しんでいる(1回2,000円)。

さいたま市(Aランク)在住のケース
・緑区の25平方メートルの1DKのアパートに住み、家賃は更新料込で52,500円(共益費+2,000円)。都心までの通勤にはJRを利用している(定期代は13,000円)。
・冷蔵庫、炊飯器、洗濯機、エアコンなどは、家電は量販店にて最低価格帯で揃えた。
・1か月の食費は、約39,000円。朝食は家でしっかりと食べ、昼食は、コンビニなどでお弁当を買い(1食あたり500円)、2か月に3回(1回当たり3,000円)、同僚や友人と飲み会・ランチに行っている。
・ビジネスで着用する衣服については、背広2着(約30,000円)を4年間着回している。
・休日は家で休養していることが多い。1泊以上の旅行は年に2回(1回当たり費用3万円)。月に2~3回は、恋人や友人と遊んだり、映画・ショッピングに行ったりして、オフを楽しんでいる(1回5,000円)。

静岡市(Bランク)在住のケース
・25平方メートルの1DKのアパートに住み、家賃は38,000円(共益費+2,000円)。中古で購入した58万円の軽自動車を所有し、通勤等に利用している(自動車にかかる費用は月に約38,000円)。
・冷蔵庫、炊飯器、洗濯機、エアコンなどは、量販店にて最低価格帯のもので揃えた。
・1か月の食費は、男性=約40,000円、女性=約35,000円。朝食は家でしっかりと食べ、昼食代を節約するために、月の半分は弁当持参か職場の給食を利用。そのほか、月に2~3回、同僚や友人と飲み会・ランチに行く(1回の費用は男性=3,500円、女性=3,000円)。
・ビジネスで着用する衣服については、男性は背広2着(約30,000円)を、女性はジャケット2着(約4,000円)とスカート3着(約2,000円)を着回している。
・休日は家で休養していることが多い。1泊以上の旅行は男性=年1回、女性=年2回(ともに1回30,000円)。月に3回、恋人や友人と遊んだり、映画・ショッピングなどの趣味を楽しんだりする時間がある(1回2,000円)。

 このほかに、年間3~4万円の結婚式・葬式の費用や、親しい人へのプレゼント・お見舞い・餞別の費用なども想定している。

ただ食べられるだけでは「ふつうの暮らし」とは言えない。ワーク・ライフ・バランスの観点からは、映画やコンサートに行ったり、自分の趣味を楽しんだりして、リフレッシュする機会が必要であろう。また、円滑な人間関係を形成するためには、ある程度のおカネがかかるものである。こういった「ふつう」のことを省かざるを得なくなることが、「貧困」なのである。

「ふつうの暮らし」「あたりまえの生活」を実現するためには、やっぱり最賃=1500円が必要なのである。

【どこでも最賃1500円が必要な理由その3】
過労死ラインを超えない労働時間にするため

「過労死ラインを超えない労働時間」で生計費を考えてみる

さて、最低賃金について考える際に、忘れてはならないのが労働時間の問題である。「ふつうの暮らし」をするために必要な費用=月額約22万~24万円。現在の最低賃金で、この金額を稼ごうとすれば、週休1日で働いたとしても毎日3~4時間残業しなければならない。たとえ月額約22万~24万円を稼いだとしても、このような過労死ラインを超える労働時間では、とても「ふつうの暮らし」とは呼べなくなってしまう。人間的な生活を成り立たせる労働時間についても考慮したうえで、最低賃金はいくらが適当なのかを考えていく必要がある。したがって、月150時間換算の最賃1500円以上が妥当なのである。

【どこでも最賃1500円が必要な理由その4】
独立できない若者たちの問題を改善するため

「独立できない」若者たち

今回の調査で苦労したことの一つに、ひとり暮らしの若者を見つけることがあった。多くの若者たちが親と同居しているのだ。親元を離れて独立した生計を営むためには、それなりの費用がかかることは、最低生計費の試算で示されたとおりである。現実には、自らが働いて収入を得ながらも、生活費を節約するために親との同居を選択している若者たちが少なからず存在している実態がある。

▼図1は、総務省「労働力調査」のデータから親と同居する未婚の若者数の推移を示したものである。近年、微減傾向にあるものの、親と同居している若者の割合は、依然として45%を超えている(1980年代は3割ほどの同居率であった)。そして、その多くは全面的に生活費を親に頼っているのではなく、自らが働いて収入を得ながらも(それだけは「ふつうの暮らし」が送れないという理由から)住居費や食費、水道光熱費などを節約するために親との同居を選択している可能性が高いと考えられる。

人間らしい労働時間で稼いだ賃金によって「ふつうの暮らし」が可能であれば、それがベストであるが、それが可能でない場合に若者たちは次の選択肢の中から選んでいるのだろう。

(1)賃金水準が低いがために、「ふつうの暮らし」は困難であり、生活のどこかで「質」を落としたり、「人間関係」を諦めたりする
(2)過労死ラインを超える長時間労働によって、ある程度のおカネを得る
(3)親と同居することによって「ふつうの暮らし」を送る。

このように並べてみると、親との同居はきわめて合理的な選択であり、多くの若者たちがそうしていることが頷ける。

また、親と同居することによって、独立して家族を形成する機会が遠ざけられている可能性を看過できない。少なくとも現在の最低賃金のレベルでは、家族を形成することは難しい(最低生計費調査では、子どものいる3人世帯あるいは4人世帯の生計費についても試算しているのだが、これらの結果については別の機会に紹介したい)。まずは、最低賃金で経済的に独立したひとり暮らしが可能になることが目指されるべきである。そのために、まずは最賃=1500円が実現しなければならない。

次の段階として、労働者本人だけでなく、少なくとも子ども1人の養育も可能になることが目指されるべきであろう。もちろん、賃金だけではなく社会保障との組み合わせでそれが実現することを念頭に置いてである。

【どこでも最賃1500円が必要な理由その5】
最賃は地域の賃金相場にリンクしている――最賃はすべての労働者にとって重要

最低賃金について、多くの人は、自分が住んでいる地域の金額にしか興味がなかったり、一部のパートやアルバイトなどの非正規労働者だけに関係がある金額と思い込んでいたりするかもしれない。

現在の最低賃金制度は、A~Dにランク付けされており、東京(Aランク)などの大都市部は金額が高く、反対に地方(C、Dランク)では低く設定されている。さらに、Aランクは例年引き上げ額が高いのに対して、C、Dランクでは引き上げ額が抑制されている結果、A~Dランク間の格差は年々拡大するしくみとなっている。47都道府県別の格差最賃が容認されているのは、大都市は家賃など物価が高く生活費がかかるのに対して、地方では物価が安いので生活費があまりかからないからという“常識”にもよる。しかし、この“常識”が正しくないということは先に述べたとおりである。

47都道府県別の格差最賃が、各地域の賃金の相場に影響を及ぼしていることも指摘しておかねばならないだろう。2016年12月~17年5月に実施した「全国チェーン店募集時給調査」によると、読者もご存じの有名全国チェーン店のアルバイトの募集時給は、見事に地域別最賃に張り付いていた。▼表2は、岩手県(Dランク)と埼玉県(Aランク)の結果を示したものである。この2県に限らず、47都道府県すべてで同様の傾向がみられたのである。多くのアルバイトの募集時給が地域別最賃に近い金額(最賃額110%未満)であった。とくに、コンビニやファストフードなどは105%未満が多く、“露骨” に最賃に張り付かせていた(ただし、駅内の店舗やショッピングモール内の混雑店については、110%を超えるところも見られたし、「牛丼」「居酒屋」「衣料」では、比較的時給が高く設定されていた)。

同じチェーン店でも、都道府県によって時給額に大きな差があることをどう説明すればよいのか。都道府県によって、チェーン店の業務内容に大きな違いがあるのだろうか?また、チェーン店で販売している商品、提供されるサービスの価格が異なるのだろうか? 時給にだけ格差が存在している不条理は、47都道府県別の格差最賃に原因があると言わざるを得ないだろう。

地域別最賃が、パート、アルバイトなどの非正規労働者の賃金にだけでなく、正規労働者の賃金にもリンクしていることは、日本医労連が示した「医療・福祉業の所定内賃金と地域別最低賃金の関係(2016年度)」などで明らかにされている。

▼図2は、「平成28年賃金構造基本統計調査」をもとに、主な産業別賃金(一般労働者、男女計)を都道府県別に示したものである(棒グラフは各産業における平均賃金、折れ線グラフは最低賃金)。産業により多少の差異があるものの、こちらも見事に最低賃金にリンクしていた。つまり、最賃は一部の労働者だけの問題ではなく、すべての労働者にとって克服しなければならない重大な課題なのである。

先に述べたように、全国どこでも生計費が変わらないのであれば、賃金の相場が低い地方(=最低賃金のランクが低い道県)ほど、長時間労働が強いられるか、低賃金に見合ったレベルまで生活の「質」を落さざるを得なくなってくる。つまり、最低賃金のランクが低い道県ほど、「ふつうの暮らし」がより遠ざかっているのである。地域経済が衰退し、若者を中心に人口が地方から都市へ流出していることの主な要因は、ここにあると言ってよいだろう。若者たち(それだけに限らないが)にとって、地元に留まっていては「ふつうの暮らし」が遠ざかってしまうのだ。こういったことにストップをかけ、地域の底上げをはかるためには、全国一律での最賃1500円以上が必要であろう。

誰もがふつうに暮らせるために

以上の5点から、どこに住んでいても最低賃金が1500円以上でなければ「ふつうの暮らし」ができないことを説明してきた。

そうは言っても、「最低賃金1500円は高すぎる」が、多くの人たちが感じているところなのかもしれない。でも、月収なり年収なりに換算していくと、「高すぎる」感は弱まるのである。最低賃金1500円として、一日8時間週休2日制で働いた場合の月収は24万円、年収は280万円ほどである。フルタイムで働いた時の月収=24万円、年収=280万円は、そう高くは感じず、むしろ妥当な数字に思えるはずである。

ところが、「最賃(時給)=1500円」と「年収280万円」との間には、歴然とした違いが存在する。最賃が適用される仕事とは、「家計を補助するために働いているのだから、独立した生計を保障する必要がない」とみなされるのに対して、年収ベースで賃金を受け取る仕事とは、基幹的な仕事であり、「(まがりなりにも)その賃金で生計を立てられなければならない」とみなされている。

この背景にあるのは、雇用差別である。成人男性(大人)・正規の仕事とは、きちんとした仕事、食べていける仕事であり、女性・学生・非正規の仕事とは、補助的な仕事、(誰かに扶養されていることを前提にした)食べていけなくてもよい仕事であるという雇用の場における差別である。つまりは、最低賃金は「男性稼ぎ主モデル」の中に組み込まれるようするために、そもそも自立した個人の生計を想定していないのである。

どこでも誰でも「ふつうの暮らし」ができるようにするためには、この雇用差別を克服しなければならない。

中澤秀一(静岡県立大学短期大学部准教授)

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